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石ってすごいね

ある地球科学者のひとりごと。なぞかけ、なぞときの日々。

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長崎・蛇紋岩

思い出形式になってしまっていますが、続けます。

長崎を訪れるのは学部1年から2年にかけての春以来、でしょうか。
ただひたすら土地のものを味わって(食べ物も風景も)旅していたころと
なんだか違った心持で街を歩いています。

平和公園に立ち寄ると、中学生のときに被曝されたという男性が
修学旅行の生徒さんたちに体験を語っておられました。
何度となく、何度となく、繰り返し話してこられた。
そして、今日もまた、喉が嗄れるのもいとわずに、
出会う人、一人ひとりに語りかけておられます。

これほどに語り続けられるものを私は持っているだろうか。
それほどの気持ちを持って語っているだろうか。
移りゆく時代の流れの中で、変わらないものを見つめていかなければいけない、
捉えていかなければいけない、と感じました。

今回、長崎を訪れたのは蛇紋岩の研究仲間で情報交換&議論をするため。
ホスト役をしてくださった広島大の片山さんを中心に、富山大、静岡大、
京都大、金沢大などの関係者が長崎市はずれの日吉に集まりました。
橘湾の向こうに雲仙が見える素敵なロケーション。好天に恵まれました。



今回、私が発表に用意したのは、
昨年、八ヶ岳セミナーでの宿題になっていた(というか自身に課した)
「マントルウェッジ蛇紋岩化の岩石学的イメージ」。
一年経って、一歩進んだお話ができるのは幸せなことです。
石神、横山と一緒に石を眺めてきた1年間の成果です。

講演者に好きなだけ時間が与えられる、という空気でセミナーが進んでいたせいか
(話し手だけでなく聴衆が引き延ばしにかかる、いまどきあり得ない空気!)
話し終わると1時間30分も過ぎていました(最長は道林さんだと思う)。

話したいことを話し、聞きたいことを聞く。こんなゼミらしいゼミは久しぶり。
(訊かれたくないことを訊かれ、聞きたくないことを聞く、と思っている人はいませんか?)
参加した学生さんたちも、その空気を持ち帰ってくれることでしょう。

来年は早池峰-宮守コンプレックス、宮澤賢治の愛した蛇紋岩のそばで、
新しい成果とビジョンを持ち寄って議論することになりそうです。
そのときに、また一歩進んだイメージをお話しできるように、
考えていきたいと思います。


追伸:
帰りにFSOの曽田さんに佐賀関半島へ連れて行ってもらいました。
典型的と言うか、なんというか、つかみどころがない感じの蛇紋岩。
フェリー出港の時間が迫る中で、何かを読み取ろうにも心落ち着かず、
黒浜で石投げしている子たちに語るべき言葉もなく・・・。
うーん、とうなるばかり。

それが、ちょっと悔しく、またうれしくもあり。

また行きたくなる気がします。
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四国赤石調査2011第3日目:下山

9月20日

青空がひろがる朝。
露頭写真をしっかり撮って、記載も終えて満足。
お昼には宿で一服(コーヒーで)。

2時前に下りはじめて、5時に登山口到着(だったかな?)

余った食料とゴミと石。ズッシリ、よりももっと密度が高く
固い荷物を、休み休み、しっかりと持って下りました。
自分のサンプルは自分で持つ、とばかりに頑張った横山。
荷から解放された後は、足が逆に反ったようになって、
しばらく変な歩き方をしていました。

宿の人たちが笑顔で迎えてくださいました。
この安心の表情をみると、無事でよかったなあと
あらためて感じるのです。

夕食に愛媛の秋の風物詩、いもたきをおなか一杯いただいて、
台風15号がいよいよ近づき雨音が強まる中でも、
あかりとひとのありがたさと温かみを感じつつ
ゆったりと布団にくるまって眠りました。

旅はまだ半ば。
翌日は瀬戸内へ移動。
さらに、台風の様子を見ながら長崎へと移動する予定。

P.S. 登山口へ迎えに来てくれた石神、ありがとう。

四国赤石調査2011第3日目:認識

9月18日

雨はピークを過ぎ、山は落ち着きを取り戻しています。


私は横山とともに霧に覆われた八巻山へと向かいました。
庭を歩くようにサクサクと先へ行く横山。
私は連続的な構造変化が読み取れそうな露頭を確認しつつフォロー。

稜線から、ようやく本格的な調査の開始。
ひたすら蛇紋石の量を目分量で記載しながら岩場に沿って下りていきます。

しばらく観察を続けると、規則性を持って石が変化する様子が見えてきました。
「傾向」は期待していたのですが、「パターン」は予測していなかったもの。
自然はプロセスの痕跡を残していました。感動。
その気になれば見えるものだなと自信を深めて記載を続けました。

あまりの寒さに耐えきれず、いったん山小屋へ戻ってお湯を沸かして昼食。
再び稜線付近まで戻って記載を進めるも18時になっても露頭の端まで行けず、
翌日の午前、天気に恵まれることを祈って山小屋へ。

雨の中で書きとったノートは湿りきってふにゃふにゃ。
宿できっちりバックアップを取りました。
















構造が「見えた」記念すべき日。


服部、石神、岡崎は、昼まで山小屋で過ごして荷を軽くしてから(?)下山。
靴ずれの足を引きずりながら、三人協力して無事に別子の宿へ辿り着いたそうです。


四国赤石調査2011第2日目:成長

2日目(9月17日)

窓の外は真白。ガスに包まれています。

山小屋の朝は忙しい。
お湯を沸かして朝食の準備。
お弁当も作ります。

私はみなを起こしたあと、ぼーっと座ったまま火の番。
めいめいが手際よく動いてくれるのでやることがないのです。
米研ぎも洗い物もみんなやってくれるので助かります。

準備を終えて、私はM2の服部と稜線(赤石越)を越えて北斜面へ。
M1石神とB4岡崎は南斜面の草やぶをかき分けて降りていき、
沢にぶつかるあたりにあるはずの泥質岩と塩基性岩をめざします。

雨はぱらぱら。
でも、一番降り続いた雨が登山道を水浸しに。
じゃばじゃばと音を立てて流れています。

赤石山系の北斜面は植生に覆われていて、さほど雨も気になりません。
岩がぬれているぐらいで特に違和感なく下りていきました。

ところが。

目的の沢(赤石越沢)は、ざぁー、ざぁーと立派な水量。
まっすぐ降りるのはあきらめました。

が。

沢以外の木々の間は意外と歩きやすい。
水の流れがあるから、ルートを見失うこともない。
なんだか行けそうな感じです。
水にところどころ足を突っ込んだりしながら、
結局目的の地点まで下りてきました。

そこから、厚さ5m間隔でGrt Pyroxeniteをサンプリング。
密度が高いので、かなりずっしりきます。
それを大きなままリュックの中へポイポイと入れていく服部。
私に預けることなく。

雨が強くなるころ(ときおり雷も)調査を終えて、
山小屋に戻るとみんな帰っていました。
聞くと南斜面を行った2人は、流れ下ってくる水を浴びながら
サンプリングをしてきた、とのこと。
地形図に位置もしっかりと記録してあるので、解析に使えます。

みんな、始めた時に比べるとずいぶんと成長していて、
なんだか戸惑ってしまいます。

山小屋のご主人はさすがにこの雨の中は上がって来られません。
おみやげに持ってきた日本酒をちびちびいただきながら、
労をねぎらいました。

明日、3人が山を下ります。

四国赤石調査2011第一日目:掛声

みんなまとめて面倒をみよう、ということで
卒論生から修士2年まで4人と共に四国赤石山系へ
調査&サンプリングに出かけました。

テーマはそれぞれ違うのですが、拠点は赤石山荘。
標高1555mまで登ってから調査スタートです。
4泊5日の大胆な計画を立て、食料を買い込んで、
登山口のある別子山へ向かいました。

1日目(9月16日)

日程が、秋雨前線の南下と台風15号の北上開始と重なり、
登山口に立つ頃には雨がぽつりぽつりと落ちてきました。

登るにつれて雨は強まり、逃げ込むように山小屋に入った後、
降雨量が増えて、大粒の雨が落ち始めました。

調査目標の絞り込みが必要なのはあきらかで、
昼食をとりながら計画変更の打ち合わせ。
台風が急速に北上する最悪の可能性も考えつつ、
何ができるか、いつ下山を決断するか、そのルートは。。。
どうしてもネガティブな話になってしまいます。

窓が小さな山小屋の部屋は暗く、トタン屋根が雨音を増幅します。
ときおり、風の音とあいまって響くバタバタバタバタという雨粒の音に
モチベーションがどんどんと奪われ、なまけ心が膨らんでいきます。

そんなとき、

「やりましょう!」

M1の石神の言葉が空気を一変してくれました。

午後は、それぞれの調査のために下見を行なうことに決めて、
濡れた調査着に再びそでを通し、めいめい雨の中に出ていきました。
私は石神、岡崎に付き添って、標高150m下の沢の様子を確認するために
登山道を戻っていきました。

登りは何でもなかった登山道が完全に水道(みずみち)と化して、
踏み石すら見えない状態。等高線に沿う道をいくつもの沢が横切り、
斜面をザーザーと音を立てて下っていきます。
水には水の理があることを目の当たりにして感動しましたが、
悠長に眺めている余裕はありません。

ついさっきまで深さ10cmほどで飛び石を渡ってきた沢が濁流に。
その様子を見た瞬間、沢登り調査の可能性が全くないことが分かりました。
それどころか、このまま降り続くと同じルートでは戻れそうにありません。
長居すると危険なのでただちに山小屋へ戻りました。

稜線付近の岩場の下見に行った横山(M1)が4時半過ぎになっても戻らず(注1)、
なかなか緊張を解くことができませんでしたが、玄関の鈴の音に一安心。

夜はランタンの明かりの下に集まって、
先の見えない不安を山盛のカレーで満たして、
5人横に並んで寝ました。


(注1)
後で聞くと、体が傾くような強風の中、稜線の八巻山山頂(1690m)まで
登ってたたずんでいたというのです。あまりに無謀な行為。何に命をかけたのか
は本人に聞いてみてください。

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